京都散策2 京都御苑つづき

2013.03.14 (Thu)

京都御苑のつづきです。

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         ( 建礼門前大通り )
 「京都御所の正門である建礼門前から南に延びる大通りは、沿道の広々とした
  芝生地とマツと合わせ、京都御苑を代表する風景です。
  京都三大祭りのうち5月には葵祭、10月には時代祭の行列が建礼門前から
  出発し、この通りを通って市中に出て行きます。by 京都御苑HP」


走りたくなるようなまっすぐな道でした。

この道の途中に黒木の梅があり、ちょうど見頃でした。

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「黒木の梅は九條家跡にあったものを大正天皇即位大礼の時現在の場所に移植されましたが
枯れていまい、現在の木は接木により植継ぎされたものです。原株は英照(えいしょう)
皇太后御幼少の時、ご生家で愛でられていたと言われています。by 看板抜粋」



京都御所の正門 建礼門の方に向かって歩くと、右手側には凝華洞跡。

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「江戸時代111代後西天皇退位後の仙洞(せんどう)御所があったといわれています。
 by 看板抜粋」


さらに歩くと建礼門に到着。

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        厳かな気分になりました。


左手方向に歩いていくと、蛤御門。

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「御苑の周りには、かつての公家町と市中の境界であった九つの御門があります。
この蛤御門は、もとは新在家 御門と呼ばれ常に閉ざされていましたが、江戸時代の大火で
初めて開門されたことから焼けて口開く蛤にたとえられ蛤御門と呼ばれるように
なりました。by 京都御苑HP」

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「幕末の禁門の変では、御苑一帯が主戦場となり、この戦いに長州藩が敗れたことで
幕末動乱の転機とな りましたが、その最大の激戦地だったのが蛤御門で、弾傷らしき跡が
残っています。by 京都御苑HP」


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       ( 京都御所 北東部分 皇后門付近 )
「1331年(元弘元年)、光厳天皇がここで即位されて以来、御所とされたものです。
 1392年(明徳3年)の南北朝合一によって名実ともに皇居に定まり、明治に至るまでの
 約500年の間、天皇の住まいでした。建物自体はその間も焼失を繰り返し、現在の建物は
 安政2年(1885年)に平安時代の内裏の姿にならって再建されたものです。
 by 京都御苑HP抜粋」


京都御苑の中に入ると、違った空気が流れている感じでした。
ベンチもたくさんあるので、ここでゆっくり時を過ごすのも
いいかもしれません。


以上、本日2回目の更新でした。
次の更新(16時半)は、この日のランチです。



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 最後まで読んでくださって、ありがとうございました。




 
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